◇ 緊急避妊法
緊急避妊法とは、コンドームの破損や脱落、レイプにあった場合などに使われる最後の避妊手段です。性交後72時間以内に薬をのむことによって妊娠を避ける方法なのでその薬のことを緊急避妊ピルと呼びます。また、一般に「アフターピル」とも呼ばれています。現在主流の方法は(1)ノルレボ錠を服用する方法(日本では比較的最近に発売された薬です)及び(2)従来から行われているヤッペ法という方法です(この方法は1997年にアメリカ合衆国政府が安全性と有効性を認めたものです)
● どんな時に緊急避妊ピルを使うのか?
図らずも避妊せずにセックスしてしまった場合やレイプ被害にあった場合などに緊急避難的に使う方法です。決して通常の避妊目的に常用すべき方法ではありません。しかし、コンドームの破損や脱落、腟外射精の失敗などによって妊娠する可能性が高い場合に、どうしても妊娠を回避したい場合には一時的に使用される避妊法です。
● 緊急避妊ピルの使用法
(1)ノルレボ錠:性交後72時間以内に2錠を1回だけ服用する方法です。
(2)ヤッペ法:プラノバールという薬を2錠内服します。そして最初の内服の12時間後に再度プラノバールを2錠内服します。
どちらの方法でも、できるだけ早く内服を開始した方が避妊効果が高くなります。
緊急避妊法としてこれらの薬を使う場合には一般のピルと同様に保険が効かないので自費診療になります。
● 緊急避妊ピルの効果
緊急避妊ピルをのむと絶対に妊娠しないわけではありません。しかしかなりの避妊効果があります。ノルレボの避妊効果は85%、ヤッペ法は現在では57%ぐらいとされています。この効果の差とノルレボの副作用(吐き気)の少なさを根拠として、現在ノルレボが主流になっています。実際、この数字だけをみれば明らかにノルレボがすぐれています。しかし、ヤッペ法でも結構効果があるのだということを、以下、実際に簡単な計算をしながら説明をします。産婦人科医を含めて一般の多くの人が誤解しているのでちょっとがんばって書きます。まず、正常な妊娠を望むカップルが妊娠を目的として排卵日頃に性交を行った場合の妊娠率は25%ぐらいだと言われてきました。避妊効果を計算する場合には、一般的な妊娠確率(8~15%)を基準にして計算します(避妊したい人も含んでいるので数字が低くなります)。(1)ノルレボの効果:ノルレボを服用しなかった場合の妊娠率を仮に14%とします(15%としていない理由は後でわかります)。ノルレボを服用しなかった100人中の14%に当たる14人が妊娠してしまうところが、ノルレボを服用することによって、14×0.85=11.9人が妊娠しなくてすみます。避妊効果の85%(0.85)の意味についてはこの計算から理解できると思います。これは、逆に言うと、14×(1-0.85)=2.1人がノルレボを服用したにも関わらずに妊娠してしまうということです。実は、この2.1%という数字がノルレボの失敗率として世に出ているデータとよく合うので、先に14%という数字を仮定したわけです。結論:ノルレボを服用しても妊娠する率(失敗率)は2.1%(2)ヤッペ法の効果:ヤッペ法を行わなかったら100人中の14%に当たる14人が本来なら妊娠してしまうところ、ヤッペ法を使うことによって14×0.57=7.98、つまり約8人が妊娠しなくてすみます。また、この場合も上と同様に、14×(1-0.57)=6.02人は妊娠してしまいます。つまりヤッペ法の失敗率は6.0%くらいだということです。今回、計算上ではヤッペ法の失敗率はかなり高くなりましたが、2007年の日本での報告(北村邦夫先生)では、ヤッペ法の失敗率2.6%(6/232)に対してノルレボでは2.1%(4/194)でした。まだまだ報告例のデータ数が少ないので、実際の避妊効果や失敗率の数字は報告によって差があり、ノルレボの失敗率が1%台だという報告がありますし、10年前にはヤッペ法の失敗率は2~3%くらいといわれていました。いずれにしても、ノルレボの避妊効果が85%、ヤッペ法が57%と聞くのと、ノルレボの失敗率が1.5~2%、ヤッペ法が3~6%と聞くのでは印象が大きく違うと思います。
また、緊急避妊ピルはセックスの後にできるだけ早く内服を開始した方が効果が高くなります。ヤッペ法のデータですが、12時間以内に開始すれば失敗率は0.5%、72時間後にやっと内服した場合の失敗率は4%というものがあります。ノルレボの場合でも早く服用するほど効果がよくて失敗率が低くなるのは同様ですので、できるだけ早く服用開始するようにして下さい。
● 副作用
重大な副作用はほとんどありませんが、一時的な副作用があります。副作用のほとんどは吐き気と嘔吐です。従来のヤッペ法では強い吐き気が続くことが多く吐いてしまうこともよくあったのですが、ノルレボ服用後の吐き気は非常に少なく、吐いていまうことはほとんどありません。以前にホルモン剤をのんで吐き気がでたことがある人ならヤッペ法の薬をのむ1時間前に吐き気止めをのんでおくと少し吐き気が予防できます。もしもこの薬をのんで1時間(~30分)以内に吐いてしまった場合は薬をのみ直す必要があります。薬をのんでから(30分~)1時間以上たっていれば吐いてしまってものみ直す必要はありません。その他の副作用として一時的に頭痛や乳房の緊満感や少量の性器出血が起こることがあります。
緊急避妊ピル服用後、ほとんどの女性(98%)は21日以内に月経が来ます。大多数は予定の時期に次回の月経が来ますが、まれに遅れたり早くなったりすることがあります。
● 緊急避妊ピルを使ってはいけない人
普通のピルと違って緊急避妊ピルは一時的にしか服用しないので、明らかに妊娠している人以外なら誰が使っても構いません。
● 作用機序
緊急避妊ピルの明らかな作用機序は不明です。受精卵が受精してから卵管の中を運ばれて子宮の粘膜の上にたどり着くまで6~7日かかるので、その間に子宮内膜を変化させて妊娠しにくくしたり、排卵を遅らせたり、卵管の動きを悪くすることなどによって妊娠しにくくなると考えられています。
この薬は中絶薬ではなく妊娠を予防する薬です。もし受精後1週間たって既に妊娠していた場合には緊急避妊ピルの効果はありません。また、たとえ妊娠の初期に緊急避妊ピルを使ったとしても胎児に悪影響はないと言われています。
● 最後に
現在緊急避妊ピルはヨーロッパの多くの国で市販されています。決して常用すべき方法ではありませんが、望まない妊娠や中絶を防ぐためには必要な方法です。図らずも避妊手段をとらずにセックスしてしまった場合や避妊に失敗した場合にはできるだけ早期に緊急避妊法に精通した産婦人科医にご相談下さい。当院では、第一選択としてノルレボを推奨していますが、月経周期から考えてヤッペ法でも十分だろうと考えられる場合や6%の失敗率が許容できる人に対してヤッペ法を使うこともあります。